FC2ブログ
表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2020年05月20日 (水) | 編集 |


スーパーで3~40年ぶりくらいでコレを見た



お値段1袋248円

ええええーっ!


私が小学生の頃、コレ1袋100円だったよ?

小学生が小遣いで買えるお団子で私も好きで食べた

ゴマもあるけれどやっぱり醤油味が一番


懐かしかったけれど、安いものなら3本で100円程度で串団子は買えるし

そう考えると買えなかったわ(苦笑)


昭和の時代って円安だったけれど、物価は安かったよね


チュッパチャップスも1本30円だったし



ベビースターラーメンも30円

昔は「オヤツカンパニー」じゃなくて「松田食品」だったはず
袋もオレンジ色のビニールでさ

ペロティチョコは50円

丸いチョコに絵がプリントされていた

かじらずに舐めて舐めてその絵を消して食べるのが子供ルール(笑)


駄菓子屋に行けは5円でチョコやイチゴ飴が買えた

M&Mが出た時はメガネチョコと何が違うのって思ったほど


100円あれば色々買えて、子供の頭で何を買うか悩んで買っていたけれど、100円のお団子はやっぱり特別だったなぁ


子供の頃ってそんな小さい事でも「幸せ」を感じていたんだろうな

大人になるってことはその「小さな幸せ」が「当たり前」になるって事なのか


子供の頃なんてオヤツだってそんなに自由に買えなかったし、今の方が好きなものを自由に買えるのに

幸せ感は少ないのは何故だろうね・・・不思議





にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村

2019年12月24日 (火) | 編集 |


クリスマスイブですね。


サンタを信じている子供たちにしたら今晩は特別な日

明日の朝を想像してわくわくしながら眠るんでしょうね


私の家にはサンタは来なかったけれど、子供の頃は今時期の新聞に折り込まれてくるチラシを見るのが好きでね~

穴が開くほど見ていたって買ってもらえないのは判っているんだけれど

おもちゃ屋さんのチラシを見ながらコレが欲しい、アレが欲しいと悶々と想像していた。


中でも暫くほしかったのがおままごとのレンジでホットケーキが焼けるというヤツとマフラーが作れる編み機

アレ?小学生の頃の方が女子力高いかも(笑)




それまでおままごとと言えば外で泥団子を何かの葉っぱで包んだヤツとか

どっかから拾ってきた石や木切れを葉っぱに載せたヤツとかで

室内の時は紙に書いたなんかで「実際に食べられる」というものは無かったから衝撃だったのよ。


編み機もTVCMで可愛い女の子が簡単そうに可愛いマフラーや小物を作っててね
羨ましかった記憶がある。
(ウチには母親が編み機を持っていたのだけれど、当然子供には触らせてもらえなかった)


まぁ大人になったら嫌でも料理をしなければならないし、子供のうちからそんなんに憧れなくてもって思うけれど、おませさんというか大人の気分を味わいたいのが子供の特権なんだろう


あんなに料理がしたくて編み物がしたかった子供時代が懐かしい

というか信じられん

今なら誰かか作ってくれるご飯の方がありがたいもんなー


さて今年のクリスマスもおひとり様の私は平常運転です(笑)

ケーキもないし、ボーナスで何かを買うことも自分へのご褒美もない

去年は目指していた資格に受かって、会社から報奨金が出たので頑張った記念にバックを買ったけど。


頑張ったのよ~去年の自分は

たぶんあんなに頑張れることってもうないかもしれない

父ちゃんが死にそうな状態でも毎日勉強したし、試験日なんて死ぬ2週間前だからね。

よく受かったわ、マジで


「記念」と言ってもそんなお高い奴ではないんですけどね。

それでも勿体なくてまだ1度も使えてませんが

それでも見ているだけで、努力が認められた感じがするのよね。


今年は何も頑張らなったからなぁ・・・

来年、結果が残せたら記念に何か買うかな?







にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村

2019年12月21日 (土) | 編集 |


子供の頃からクリスマスプレゼントというものはあまり記憶にない

母親が居ないというのも多分にあったとは思うが、

良くて鶏レッグを塩コショウで焼いただけとキャベツの千切りのオカズとバターケーキがクリスマスのごちそうで下手するとそれすらない時があったりで


砂糖菓子のサンタさんはいらない

チョコのプレートは欲しい

ピンクのバラのところが食べたい


そんなことを言いつつ、父と弟と私の3人できっちり3等分するのに、どう切るか頭を悩ましていた。

包丁でうっすら跡をつけて、こっちが多いだの、少ないだのと言っていた気がする。


すると父が包丁を取り上げて、ケーキの中心に包丁の先端を付けて切れ目を入れた。

そして包丁を引き上げると包丁にはクリームの跡がしっかりついている。


そのクリームの跡に合わせてケーキの円周に印をつけていくと

あら不思議

きっちり綺麗な6等分になった。




大人になればケーキの半径を1辺とした正三角形を6つ作ればきっちり6等分が出来ると解るけれど、

そんなことは知るはずのない子供心に「お父さんはすごいなぁ」と感動した記憶がある。


話は変わるが「ケーキの切れない非行少年たち」という本があるそうだ

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書) [ 宮口 幸治 ]
価格:792円(税込、送料無料) (2019/12/12時点)



丸い円が描かれた紙があり、

「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」

と出題されたら、多くの人がメルセデス・ベンツのロゴマークのように線を引き、3等分するだろうけれど、凶悪犯罪に手を染めた非行少年たちの中には、認知力の弱さから、このようにケーキを切れない者が少なくないそうだ。

ズバっと半分に切ったまま、その後を考え込んでしまう子がいるのだという。


最初、知った時、にわかには信じられなかった。


「きっちりきれいに」とはいかなくても、だいたい3等分くらい、目検討で出来るものだと思っていたから。


正直なところ、私は非行少年と言われる部類の人たちは好きではない。

真面目に生きてきた身としては、ルールすら守らず、自分勝手な彼らのような人たちに、少なからず苦々しい思いもさせられたこともあるからだ。


でもこの本の存在を知った時、

もしかしたら彼らも幼いころに家族でケーキを切り分けて談笑できる環境があれば、もしかしたら違った人生を送っていたのかもしれないのだなぁと思ってしまった。


そうした環境があってもなくてもそうした行動に走らない人達もいるけどね。

でも幼いころの環境って大なり小なり人格形成に影響は与えると思うのよね。





にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村

2019年05月15日 (水) | 編集 |



ネッ友さんのご家族が大病をされてそうで、つきそわれているネッ友さんも大変そうだと知った。

父が倒れた当時思い出した。

今までの日常が想像もしていなかった日に変わった瞬間

あの時、定時まで働いた後、毎日かかさず父の元へ通っていた
片道4~50分
自分の食事など忘れるほどだった。

毎日会社でもご近所でも父の容体を聞かれる。

脳幹がやられ、回復しないことが判っているのに、執拗に「お父さんどう?」「大丈夫だよ」「きっと良くなるよ、治るよ」「少しは良くなった?」と聞かれる日々は励ましと判りつつも私の心を蝕みそうになっていた。


そんな時、朝、出勤すると私の机の上にはチョコレートが載っていて、何も言わず、聞かず、そのさりげない思いやりがとても嬉しかった記憶がある。


私の好きなエッセイに「その日の天使」というものがある

*********************************************

その日の天使

死んでしまった ジム・モスリンの、

なんの詞だったのかは 忘れてしまったのだが、

そこにThe day’s divinity, the day’s angel” という言葉が出てくる。


英語に堪能でないので、おぼろげなのだが、

ぼくは こういう風に 受けとめている。


「その日の神性、その日の天使」


大笑いされるような誤訳であっても、別に かまいはしない。


一人の人間の一日には、必ず一人、

「その日の天使」がついている。


その天使は、日によって様々な容姿をもって現れる。


少女であったり、子供であったり、

酔っ払いであったり、警察官であったり、

生まれて直ぐに死んでしまった、子犬であったり。


心・技・体ともに絶好調の時は、これらの天使は、人には見えないようだ。


逆に、絶望的な気分に おちている時には、

この天使が一日に一人だけ さしつかわされていることに、よく気づく。


こんな事がないだろうか。


暗い気持ちになって、冗談でも"今自殺したら"などと 考えている時に、

とんでもない友人から電話が かかってくる。

あるいは、

ふと開いた画集か なにかの一葉によって救われるような事が。


それは その日の天使なのである。



夜更けの 人気が失せたビル街を、

その日、僕は ほとんど よろけるように 歩いていた。

体調が悪い。黒い雲のように厄介な仕事が山積みしている。

家の中も もめている。

それでいて 明日までに テレビのコントを、十本書かなければならない。

腐った泥のようになって歩いている、

その時に、そいつは聞こえてきた。


「♪おっいも~っ、 おっいもっ、

       ふっかふっか  おっいもっ、 まつやのおっいもっ♪

買ってちょうだい、 食べてちょうだい、

あなたが選んだ 憩いのパートナー まつやの イモッ♪」


道で思わず笑ってしまった僕の、これが昨日の天使である。

*******************************************


あの時、チョコを置いてくれた人が私にとってその日の天使だった。


そんな10年前の記憶がよみがえり、毎日一生懸命なネッ友さんに、レターパックで少しだけ北海道のお菓子を送らせてもらった


彼女にとって、私がその日の天使となれますように・・・


そう願いながら、投かんした。






にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村

2019年02月14日 (木) | 編集 |
スポンサードリンク


あるブログで、職場の女性が自分の息子にあげるバレンタインチョコで息子の彼女と張り合っているとの記事を読み、思わず笑ってしまった。

いるんだなーこういう母親
何処にでも

私もそうされていたから良く判る。

常に自分が選んだチョコの方が高くて美味しいとアピールされていたっけ

まぁあそこは母親のみならず姉も弟にチョコを渡す家だったからなぁ・・・

私は自分の父にチョコをあげたことが無かったし、それどころか母親がいい年をした息子にチョコをあげることに違和感を感じてしまっていたのだけど、その方のブログを読んで同じように感じている方がいて、ちょっとほっとしたのも事実。


さて、娘からチョコを貰えない我が父

するとね、バレンタインの日にはいそいそと夜の街にお出掛け(笑)

っていうか、行きつけのスナックから電話が来るのですよ。

バレンタインチョコを餌にお誘いの電話が。

翌朝の冷蔵庫には300円程度のお安いチョコが何個か入っていて、すっかりいい気分になってたぶん十倍以上のお金をお店に払ってきているあろう父に「アホだなぁ・・・(+ぬるい笑い)」と思ったことも、ふだんチョコなんて食べない父がその貰ったチョコを嬉しそうに食べていたのも懐かしい思い出


病気で倒れず、今も元気だったら今晩も出掛けていたのかな・・・


もうスナックのお姉ちゃんにチョコは貰えないから、今日は初めて父にチョコをお供えしました。


お姉ちゃんチョコと違い、日持ちもしないので私が後で食べちゃいますけどね(笑)


-------------------------------------------------------------------------------

スポンサードリンク



--------------------------------------------------------------------------------


にほんブログ村