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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2017年09月27日 (水) | 編集 |
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一昔前に「鈍感力」という言葉が流行った。
日本人は群れて暮らすせいもあり、集団でいると人の顔色を伺ったり、他人の評価を気にしやすい。
そうしたことに過敏になりすぎて、くよくよしすぎたり、悩んだりというスパイラルに陥る。
そうしたことに振り回されないのが鈍感力の高さだという

人間関係において、その鈍感力がある人のほうが上手くいくというのもなんだか判る

私はある意味、鈍感だ。
気が回らないし、「察する」という事が苦手だ。
だからといってその鈍感力があるわけではない

一時、週末婚同居のような生活をしていた時、ご飯は義母が作ってくれた。
自分の家に帰る時はいろんなオカズを持たせてくれた
鈍感力がある人ならば、まかせっきりで「ありがとうお義母さん」と何も気にせず何度でも貰えるし食べられるだろう
義母もそういうタイプなら上手くいくだろう嫁姑関係

でも私は違った。
やっぱり彼氏には自分で作ったものを食べてもらいたかったし、高齢な義母ばかりに料理をさせずにたまには自分でも作らなきゃと思った。
考えなきゃ良かったが義母に「嫁なのに私ばかりに作らせて」と思われているんじゃないかと思ってしまった。
そして作るけれど、義母の反応をみて、がっかりしたり、色んな思いも交錯してブルーになる。
当然同居する予定がだんだん気乗りしなくなってい来る

色んなことが心のささくれに引っかかり、悪いほうへ考えてしまう

鈍感力のある人はその点「悪いほうへ考える」という事が少ないのかも知れない
「感じない」から「考えることもない」
一番いいのが適度な鈍感力を持ちながら、「察することが出来る人」という事なのかな

自己否定感が強くコミュ障の私にはハードルの高いことだけれど

父が昔、私が結婚できないのは「変なことを考えすぎるから」だと、知人に言ったことがあるそうだ。
その話を聞いたとき「必要なことだから考えるんであって、考えないよりマシでしょう」と反発心を持ったことがあったけれど、我が親だけによく判っていたなーと50に手が届くようになって改めて思ったりする。


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コメント
この記事へのコメント
しま子さんこんにちは。
私も同居が無理で、何度かしま子さんと同じような思いをしたあと、40歳代で、今の義父母と夫に出会えました。
出会いの時点でみんな市内だけど別居してました。
夫は一人暮らし。当然結婚後も別居で二人で暮らしてます。
同居予定なしです。義父母はとてもいい人で、年に何度か訪問したり、程よいいい距離感です。会うたびにいつもこういう気持ちのいい人たちもいるんだなー!と思います。
(例えば私の気持ちを第一に考えてくれる。2時間で切り上げさせてくれる。)
だから・・・しま子さんの昔の彼氏家族へ感じた違和感は間違ってないですよ。
2017/09/28(Thu) 11:49 | URL  | のえ #-[ 編集]
のえさんへ
こんばんは、コメントありがとうございます。

同居ってなかなか難しいですよね。
私もあのク見ていたところがあったけれど、嫁姑問題ってこうやって起こっていくんだなーと感じました。
適度な距離感って絶対必要ですよね。

新しい家族が出来るのは嬉しいことたけど、こういうのって相性もあるのかなとも思います。
気にならない人は気にならないんでしょうし
人が当たり前と思う事でも自分には当たり前じゃなかったりする事もありますし

結婚は縁って言葉がぴったりですよね
2017/09/28(Thu) 17:58 | URL  | しま子 #-[ 編集]
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