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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2018年08月25日 (土) | 編集 |
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伯母の施設に行くのは1年ぶり

去年は全く私の事が判らないどころか、父の事すらわからなかったので、どうなっていることやら・・・。

認知症は最近の事の他に、遠いものから忘れていく。
あちらの親戚も伯母のもとへ顔を出しているが、やっぱりすっかり忘れ去られている人もいるらしく、ショックを受けて帰る人も多いらしい。
比較的最後まで覚えているのはやはり自分の息子や孫などの肉親。

「忘れ去られていた」

ということは、自分がどんなに可愛がられていたとしても、伯母にとっては比較的遠い存在だったと思い知らさせることでもあるから、ショックだろう

いや、ショックだった、私もね。

今回もそんな不安を抱えつつ、伯母に「しま子だよ。わかる?」と声をかけた。

すると伯母は「やっぱりしま子ちゃん、昨日ね、お嫁さんとちょうとお話ししていたんだよ」という。

何かと混同しているかと思ったが、聞けは聞くほど、先ほど従兄弟の嫁さんから聞いた話と寸分違わず、しっかりしている。

「お嫁さんが、ばぁちゃんの方が私よりしっかり覚えているよと言っていたよ」と伝えると楽しそうに笑う。

認知症は寄せては返す波のようとよく言うけれど、ちょうどいい時だったよう。

それに去年は伯母も施設に入り、眠れなかったり、落ち着かなかったようだったけれど、今はこの生活に落ち着いたという事なのかもしれない。

お寺とお墓参りをしてきたこと
伯父が大好きで似ている事を自慢げにいう孫たちの事
伯母が炊く煮豆が絶品で鍋いっぱいに炊いても3日で無くなったこと

そんな懐かしい話をした。

伯母が「あっちの家から野菜は貰ったか?貰っていけ」と言ったけれど、それだけは嘘はいえず「いや」と答えてしまった。

祖父母が健在の時や父が居た時はよく野菜を持たせてくれたが、今はそうしたこともない。

農家とはいえ野菜だってタダではない
こちらからは手土産は持っていくとはいえ、用意されていないものを催促して貰う訳にはいかない。

「もう持たせなくていい」

あちらからそう判断されている事を察するしかないのだ。
それが代変わりとともに変わる付き合いなのだから

「1人暮らしだからね、いいんだ」

そう答えた。

歩く事が出来なく、お盆でもお寺に行けないことをたいそう気にしていたが、従兄弟たちがそのあたりはきちんとしている。
近いこともあって仕事の合間によく顔も出しているらしい。

たった一人の伯母

父の分まで長生きしてほしい

若かりし頃、苦労した分、穏やかに過ごしてほしい。

きっとそれは私も従兄弟も共通する願いだろう


だから父の事を聞かれても

「うん、元気だよ」

それしか伝えない


それがいい


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