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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2018年12月17日 (月) | 編集 |
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似たような時期に肉親を亡くされた方からもコメントを戴きました。

ウチは和解という道がとれたけれど、人が亡くなるというのは環境の変化とともに人の心も変えてしまうんだなぁと改めて感じています。

お辛い日々を送っているその方の未来に心穏やかな日々が戻ってくることを願ってやみません


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弟が帰り、無人となる実家

それを機に父をアパートへ連れてきた。

納骨するお寺は実家の町のお寺だけど、その日まで寒々とした実家に置きっぱなしになんてとてもじゃないけれど出来やしない


簡単な祭壇に仏具店で買ってきた小さな仏具と遺影とともに毎日お線香をあげている。

仏壇は引き継ぐ人もいないし、弟も買うつもりもないらしい

49日を過ぎて納骨が済んでも、仏壇は置かずにこじんまりとこれらでお線香をあげるつもり。


毎朝、自分の食事の前に神棚へ手を合わせるのだけど、それに加えて父に熱いお茶とや水、そしてお線香をあげる事が日課に加わった。


父が亡くなった時はまだ暖かったのに、遅かった初雪も降り、いつの間にか水道の凍結を心配する気温となっている。

年前はまだ凍結の心配はしなくていいかなーと思う反面

火の気のない家の冷え込みを考えると、やっぱり心配で様子を見がてらやっぱり週末は実家へ向かう。


父のものはあらかた片付けたけれれど、やっぱりまだ捨てられないものが多くあり

ただ見ては元に仕舞うだけ


さすがに現役だった時の給料明細や辞令、退職時の書類などはさすがにいいかなーとシュレッダーにかけたが、10年も経つのに回復期リハビリの記録が捨てられない。

たった半年のリハビリだったけれど、動かない体で必死に頑張った記録



今はやることがいっぱいあって寂しさはまだ感じていないし、

ともすればまだ病院にいる気がしてしまうけれど

こういうのを見るとやっぱり目頭が熱くなる。



日課になっていた病院通いが無くなって、家にいる時間が長いなー感じているのにだからといって、何かをする気もない。


平日の夜は病院と勉強

土曜は実家

日曜はアパートで作り置き


この生活リズムが崩れて、自分をもてあましている自分がいる。


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