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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2018年12月22日 (土) | 編集 |
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浄土真宗は故人を供養するという概念がないので、故人の為に食べ物を供えなくていいらしいけれど、他の方がお参りに来られるとそうしたものも供えてくれるし、10年間何も口にすることが出来なかった闘病をしていたので不憫でつい食べ物を供えてしまう。


晩御飯に餃子を焼けば、それを供え

半額になったパックの握り寿司を買ってくれば

「お父さん、お寿司好きだったものね」

と取り分けて供えている。


元気だった頃、父とは何でも半分こにして食べていた。


りんごや梨を剥けば半分ずつにし

ぶどうは茎から切って半分こ

切り分けて食べるお菓子なども半分ずつ


「はい、お父さん」

と父の前に置いて、まるであの頃に戻ったよう


今もクッキーや饅頭などの菓子とミカン、ぶどうなどが遺影の前に置かれている。

と言っても、現実には父が食べるはずもなく、

賞味期限を気にしつつ、私が食べるハメになる。


遺影の前に何もないのも寂しいし

上げたら上げたで食べねばならない。


下げた仏壇菓子や果物をあげれる人もいず、せっせと1人で食べている。


少しだけ痩せた体が元に戻りつつある。

いや、これからは増え続ける一方なのかな


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