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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2019年07月15日 (月) | 編集 |


元上司はしきりに「寂しい」、「辛い」、そして「誰もこの気持ちが判るはずはない」という


親を亡くした時もこんなに辛くはなかった。

伴侶を亡くすという事は耐え難い辛さだと

1人で父を看取った私ですら、配偶者でないのだから・・・と


だからといってその弱音や気持ちを誰かに伝えることはしていない。


子供に対しては父としての威厳もあるから言えないし

他の友人知人は配偶者や一緒に暮らす子供がいるのでこんなに寂しい気持ちになる事なんて判るはずはないという


わかるはずがない


私からすれば、子供も孫もたくさんもいて、皆が心配してくれている。

それがどれだけ幸せな事が判っていない。


それなのにそう思う自体がわかるはずはない


本当の孤独はそんなものではないはずだ


肉親がいる人ほど「寂しい」というのは何故だろう

きちんと家族がいる人が、ぼっちのおひとり様に「寂しい」と言えるのは何故だろう


何人もの子供がいるのに

「一緒に暮らしていない」

ただそれだけなのに孤独や不安や一人で生きていく辛さを訴えてくる。


自分より幸せな人には判るはずはないというのなら

その思いを吐き出せる私はその人にとって不幸な人なのだろうか


悲しみは人の心を曇らせる


発する言葉が他人を傷つけている

そんな事にも気づいてはいない


少しでも元気を取り戻せる力になれればと思っていた。

だけど今は私がしんどい


連休中は子供が来るから気がまぎれるけど、

連休があけたらまた電話したいと言われた


私って何なのだろう


お互いいい大人なんだし、しかも男と女

お母さんが亡くなってすぐにお父さんが女の人に頻繁に連絡しているのを知れば、子供たちだっていい気はしない

だから常識ある行動をとろうよ


そういったのだけど、自分の辛さが先に立ち判っていない


ほんとバカだ

手を差し伸べるんじゃなかった・・・。







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