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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2019年08月11日 (日) | 編集 |


独りで父を看て、独りで息を引き取る瞬間まで立会った。

そのせいか親の介護や看取りの話をされることが増えてきた。

だからといって力になれる事はほぼ無く、ただ話を聞くだけなのだけど。


独身で働きながら、親の介護を手伝っている人

自分の親と配偶者の親をそれぞれ手分けして見ている人

すでに余命告知をされた親を持つ人


言われるのが

「強いよね、こんな事を全て独りでしたなんて」と


親の余命告知を受けた人は病院へ1人で行くことも辛いという

出来ることなら、亡くなってから対面したい

その瞬間を立ち会える自信が無いという


一方のもう1人の親は配偶者の死に直面して

ショックも見せずにあれやこれやと動いているらしい

タンスを処分し、家の中を片付け、既にお寺や葬儀場すら決めたとのこと

やって来るその日に備えながらも、毎日見舞いも欠かしていないらしい

逆に気を張りすぎて倒れないかと心配になるほど


親の余命を突きつけられ、立ち止まってしまった子よりずっとずっと逞しい


私が思うに


誰かかいると思えば動けなくなるけれど

自分しかいないと思えば嘆き悲しんでいる暇はないのよね。


やがて確実にやって来るその日の自分を助けるのは今の自分しかいない


私も父が倒れた時は家を片付けるのに必死だった

父のベットを処分して、連れて帰ってきた時に寝せる場所を作り

来るであろう来客のことも考えれば、

あまりボロボロな壁紙やカーペットでも・・・と思い、それらも張り替えた

不用品やゴミなんて2トントラック2台分以上でたものね


父の状態が悪くなってからは親戚の連絡先に加えて、葬儀社の電話番号もスマホに入れていたくらい


だからその動いてしまう気持ちがよく判る


幸い、それから10年と言う長い月日を父は居てくれた。

ゆっくりゆっくり時間をかけ、何度も危機を乗り越え

私の心の準備を待ってくれたお陰で恙無く送り出すことが出来たのだけど・・・。


それでもね、親の余命告知を素直に嘆き悲しんでいる人をみて

私は強いというより何処か人として麻痺しているのか

鈍感なのかなぁと思ったりもする





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