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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2020年06月06日 (土) | 編集 |



母は私が小学生の頃から何度か家出をして、両親が正式に離婚したのは私が中学になってから


んでさらに気が付いたのが母か生活保護を受けた時、私は20代半ばだったのね・・・

詳しい年は覚えていないけれど私が23か24だったと思う


すると母の当時の年って43か44才!!


思いませんか?

働けよ!!


当時は自分も若かったし、20代の頃って50代って凄く年配者に感じていたですよね。

だから50近いと思いこんでいたのもあって、働けないんだなーと深く考えなかったけれど、その事実を知ってしまってから余計に嫌悪感

私だって就活して今の会社にたどり着いたのか46

誰にも頼れなくて、更に当時は寝たきりの父が居て、朝6時からの1日立ちっぱなしの仕事も覚悟したし、最悪就職が決まらなかったらバイト2つ掛け持ちしてでも働こうと思ったけれど、その年齢で「生活保護を受ける」なんて考えもしなかった。

43、4才ならまだまだ職はあるでしょう

たぶん汗水たらして昼間に働くって考えが無かったのだなぁと

高級店ならまだしらず、田舎の場末の夜の街なんて、会話スキルや気遣いが無くてもお酒が飲めて媚が売れればなんとかなるところもあるからね。

独りになる→夜の街で働く→お客で来る独身男性を捕まえる→妊娠→同棲or結婚→仕事辞める→離婚
※繰り返す

私からすれば軽蔑の対象の何物でもない生き方

たぶん年金なんて納めた事もないはずだろうし、

働かなくても生活が保障された段階で頼るものが男から社会福祉になったのだと、


断っておきますが私は生活保護って制度は必要だと思ってます。

何度も窓口に相談に行きながら生活保護を受けれなくて餓死したニュースを見るとほんと心が痛みます。

就活って気力体力が無いと出来ないし、それにはまず衣食住が無いと出来ない

生活保護って自分の生活を立て直すにも必要な制度だと


でも母のような人に食い物にされているのを見るとなんだかなーと思うのも事実

かといって、打ち切ったら生きていけないんでしょうしね


母が少しでも汗水を厭わず働いたのち、病気などが原因で制度を頼っていたらまた違うんでしょうけどねぇ


そうそう肉親が生活保護を受けると扶養義務のある親族に役所から連絡が来るそうですが、ウチには無かったです。

前々夫になる父は勿論の事、同居していた私にも別居していた弟にもです。


なんて知ってるかって?

私宛の特定郵便で祖父が亡くった連絡が来て、線香を上げに言ったらそこで知らされました。

父宛に借金の申し込みする時は普通郵便なんですが、私宛のは父に開封されたくなかったんでしょうね
(父の悪口も書いてましたし)

当時、生活保護が受けやすいと言われていた大阪へ越したことも・・・


父が開封しないように特定郵便で送ってくるあたり

そして保護が受けやすいからと転居するするあたり

あざといですよね


だからあの人が嫌い

ずるいところしか目につかないから





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