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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2016年03月05日 (土) | 編集 |
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私の考え方は父の生き方に影響されている部分が多い。

元気でいた頃は会話もろくにせず意識しなかったのに言葉を交わせなくなりコミュニケーションをとれなくなった時に私を支えたのは父の生き方考え方だった。
勿論良いトコロばかりではないし、反面教師となっている部分も多くある。
それらを含めてという事。

父はあの年代にありがちなのだけど、身はボロは来てても不義理はするなと言うところがあった。
反面、祖母はそういうトコロが全く無く、自分に甘く、人から戴いたものにはケチをつけ、祖父が亡くなった時に香典を戴いた家で不幸があっても「お金がない」と言って香典を出さずにいるような人だった。

そんな祖母を父はよく叱っていた。

「香典は預かりもの
自分のお金ではないのだし、祖父が亡くなった時に戴いているのに出さないなんてとんでもない事だと。
生活費が年金で足りないなら仕送りするから、そういう冠婚葬祭だけは不義理をするな」と

そんな父の背中を見てきたせいか、私はお世話になった人に不義理をしてしまうのがとても心苦しい。
何か1つ貰えば、お返しに何かをしようと考えてしまう。
あまり考えすぎて返って失礼になったり気を使わせてしまったりする場合もあったりで難しいことではあるのだけど、なんとなく性分だったりする。

でも使えるお金は限りはあるので節約するところは結局自分に掛かるお金。
自慢じゃないけれど今の職場で働きだしてお昼ご飯を買って済ませたのは1度きり。
だって1回コンビニで500円使ったとしても22日も働けば11000円
これだけで月の食費の半分を超えてしまうのだから出来るはずもない
たぶん手取り11万だった前職の時も4年半のうちコンビニで済ませた事は片手もないはずだ。

面白い事に「給料が安い」「お金がない」という人に限って毎日のようにコンビニで弁当を買い、タバコを吸い、缶コーヒーやペットボトルの飲料を一日に何本も買って飲んでいるのが私には不思議だった。そしてそう言う人ほど誰かに何かをご馳走になっても他人には何かを驕るという事はない。

それも1つの考え方なのだろう
たぶんその人の節約のするところは他人に使うお金であって、私とは真逆の考え方なのだろうね。

誰もが自分の力で生きていかなければならない世の中
他人の為にお金を使うより、限られたお金は自分の為に使いたい
そう考えるのが自然な考え方なのかもしれない。
他人からみれば私や父の様な考え方は見栄っ張りと思われるかもしれない。

この間チョコを贈った人から丁寧な礼状が届いた。
こちらとしてはその方に御恩を受けたお礼のつもりだったのだけど、手書きでびっちりと書き込まれたそれを見るたびに父の考え方や自分の考え方もけして間違っている訳ではないのだ・・・と改めて思ったりもした。

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