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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2016年06月02日 (木) | 編集 |
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人生の折り返しを過ぎて、「自分の終わり方」というものを薄ぼんやりだが考えるようになった。

Wワークも出来ない貯金も出来ない週6勤務フルタイムで働いても総年収200万にはるか届かないブラック企業を退職して、紆余曲折ありつつも無職期間を経て、今の職場へたどり着いた。自分の低能力、コミュ下手で何処まで働けるか判らないが、とりあえず頑張れるところまで頑張ろう・・・そう思っている

今の職場だって特別高いお給料ではない。
そりゃそうだ、私自身がそれほどの能力を持ち合わせていないのだから。
それでも週休2日も貰えて、社宅に住まわせてもらえ、ギリギリでも1人で暮らしていけるお給料を戴ける事を考えればとてもありがたい環境だと思っている。

誰にも頼れないおひとり様なので今までは色々物入りだったけれど、落ち着いたら少しでも貯金をして、老後に備えなければ・・・というのが常々思うトコロなのだけど、ふと思うのがそうして貯めたお金を使う前に、「もし」自分の余命が判明し、死後もろもろの後処理に掛かるであろうものに支払って、「もし」余ったらどうするかという事。

あくまで「もし」だけどね
余るだけ溜まるか判らないし、発病年齢や闘病期間にもよるだろうし
それでも死亡時には葬式代くらい出る保険金があるから。
死亡時の受け取り人は父のまま

現実として私には絶縁状態の弟が1人いる。
そして血縁という考えで行けば離婚したが実母もいる

私が結婚して子供でもいればよかったが、残念ながらこの先もその可能性はないだろう。そうなると絶縁であろうと、過去にどんなに迷惑を掛けられていたとしても、私が結婚していない以上、法で考えれば、あの母1人が法定相続人となり、母が鬼籍に入れば弟が唯一の相続人となるる。

でも正直なトコロ、どちらにも私が苦労して貯めたお金はもう1円たりとも渡したくはないのだ。

父が倒れても何一つ助けてなど貰っていない。

私が1人で苦しかった時、辛かった時に助けてくれたのはお向かいさんをはじめ、数少ない友人と当時の職場の人だった。

どうせ自分で使えないのなら、思いやりも無く何もしない弟や嫌悪感しかない母という血縁より、そういう人達に譲りたいと思うのは当たり前じゃないのか?
それが無理ならば何処かの福祉団体への寄付でもいい

どんな使われ方をしても母と弟だけには使われたくない
遺留分すら無くしてほしい

そう思う私は心が狭いのだろうか

兄弟間相続は遺言さえあれば遺留分は無くせる様なので、かくなる上は1日でも実母よりは長生きせねばならない。
父を送り出せば何も生み出すこともない無意味な「生」だと思っていたが、意地というものもある意味生きる力になるようだ。

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コメント
この記事へのコメント
うーすけさんへ
おはようございます。コメントありがとうございます。

こういう事を考えてしまう事って辛いことですよね。
私の場合、もう運命なんだろうなと思ってますが・・・
それでも多少の意地は生きていくうえで必要なんでしょうね。
2016/06/06(Mon) 03:53 | URL  | しま子 #-[ 編集]
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