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表ブログでは言えない五十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2016年04月28日 (木) | 編集 |
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定期健康診断に行ってきたのだけど、田舎のブラック企業が対外的な名目の為のだけにするものと違って、街中の検診は本格的。バリウム検査なんて7年ぶりだよ。

検診場所はきちんと更衣室もあり、専用の検診衣に着替えて受けるので事務服のまま来ても良かったらしい。
田舎の検診が長かったので、着替えなくても診察やレントゲンが受けれるようにノーブラ、ファスナーやボタンが無い服を着て行ってしまって、1人で苦笑い。
こういうのもきちんと聞けばいいんだよね。
思い込みとコミュ下手がモロに出る。

大勢の人が同じ服を着て、並んで、番号を呼ばれると、何か所もある同じように見えるドアへ吸い込まれるように入っていく様子をぼんやり見ているとなんだか近未来の何かの工場の様に思えてくるから不思議

ほとほとローカルな頭の中になっているらしい。

そんな中、70才くらいと思しき人が検診中、何処へ行くのもハードカバーの本を持ち歩いている。
携帯電話を持つのを禁止されている検診中、殆どの人は手ぶらが当たり前なのに、常に本を持ち歩いているのが気になって、横を通った時に横目で見たらこの本だった



「なぜ生きる」

病気の早期発見や健康を維持するために受けているはずの健康診断でこのタイトルの本とは・・・
「怖っ!!」と思うと同時に「奥深い」と思ってしまった。
検診というものを根底から覆すようなタイトルに医師や看護婦さんは何を感じたのだろうね。

私が「なぜ生きる」と問われたならば、父より先に死ぬわけにはいかないから・・・と答えるだろうが、これは建前で、実際は死ぬのが怖いから

長く生きる意味はない・・・と思ってはいるけれど、未経験な事や変化に二の足を踏むこの保守的な性格で、誰一人として「死」を経験してどうだったか教えてくれることのない未知の世界に踏み入れるのが怖いのだ。

絶対の無

だとは思うのだけど、その無というものが恐怖

今ある自分の意識は何処へいくのだろう

事故を起こしたときに意識が飛び、その時の記憶を失ったけれど、こうして今意識があるから「失った」と判る訳で、それが永遠に無くなるというのが堪えがたい恐怖だったりする。
と言ってても無限に生きられる訳ではないし、貧乏なこの身の上で生きている限り精神的苦痛も多いはずなのにね。

「なぜ生きる」

それは本能としか言えないかもね。

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コメント
この記事へのコメント
その本は新興宗教の本です。( ;´・ω・`)
取り込まれないようお気をつけてください。( ;´・ω・`)
2016/04/28(Thu) 20:04 | URL  | 花音 #-[ 編集]
花音さんへ
こんばんわ、コメントありがとうございまする

そうなんですか?
それは知らなかった・・・
そういう事に無知なもので、教えてくださりありがとうございます。

その人が食い入るように何処でも読んでいたので気になってました。
なるほどですね・・・。
2016/04/28(Thu) 20:31 | URL  | しま子 #-[ 編集]
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